2016.2.15
2016新シード選手特集 第2回 青木 瀬令奈
<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>
昨年初めてシード権を獲得し、新シード選手として今季のLPGAツアーに参戦する8名の選手たちを紹介していきます。第2回は、青木 瀬令奈 です。
青木 瀬令奈 <アオキ セレナ>
1993年2月8日生まれ 群馬県出身
父と練習場でゴルフを初体験したのは、7歳。小学2年だった。以来、ゴルフ一筋で、小学5年時には東京・若洲ゴルフリンクスで開催された全国大会で優勝した。2006年、中学1年で出場した日刊アマで優勝。同年の大王製紙エリエールレディスの出場権を得た。これが人生初のレギュラーツアー。「雲の上の存在のような選手ばかりがクラブハウスにいました。入るのがこわかったです」というが、このシーズンで賞金女王となる大山志保と練習ラウンドを一緒に回る機会に恵まれ、「大山さんは、勝手のわからない私へ、さまざまなことを教えてくださった。幸せでした。それまで、何となくプロになりたいと思っていただけでしたけど、本物の一流選手に接して、プロになるという目標が明確になりました」。
中学・高校時代は、国内や海外で「年間80試合もの実戦で、経験を重ねていった」そうだ。2005・06年の関東中学ゴルフ選手権を連覇、2008年には全日本女子パブリックアマチュア、全国高等学校ゴルフ選手権夏季大会など、多くのタイトルを獲得。海外でも、中学2年の時に、2007年エビアンマスターズの大会前日に開催された14歳以下の試合に出場し、団体優勝を果たしている。同年はJGA女子チームジャパンジュニアのメンバーにも。
2011年のプロテストで一発合格。とはいえ、その道程は楽ではなかった。第1次予選の2週前、左肋骨の間にある軟骨を骨折。ほとんどぶっつけの状況だったが、トップで通過。続く第2次予選もトップだったが、最終プロテストはショットが不調で、「何とかスコアをつくったという感じ」と笑っていた。
プロテストは合格したものの、翌年の出場権を争うQTでは結果が残せない。2011年はファイナルへ進めず、12・13年はともにファイナルQTで74位と低迷。14年のファイナルQTで25位に入り、15年はフル参戦した。ただ、開幕から9戦で予選通過がわずかに1回と、ツアーの壁にぶつかった。そこで、4月・フジサンケイレディスからキャディー兼コーチとして大西翔太を迎え、飛距離アップのためのスイング改造に着手した。「これ以上、落ちることはない。全部託そうと腹をくくった」という。ダウンブローから、アッパー軌道へ修正すると、飛距離が30ヤードもアップ。ターニングポイントは公式戦のワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップだった。「15年間、飛距離がもっと出れば、と悩み続けてきた。それが、わずか1ヶ月で払しょくしてしまう。可能性を感じました」。4位タイに食い込み、自信を回復して、成績も安定する。秋には翌年の賞金シードを確定させた。
最大の輝きを発揮したのは、「初優勝を狙う」と公言して臨んだ11月・伊藤園レディスだった。最終日最終組で女王イボミと直接対決。11番まで2度、首位のイボミと並んだが、13番で痛恨のダブルボギー。17番ではロングパットを沈めるなど最後まで粘りを見せたが、2位に終わった。「今後のために、18番まで優勝争いをしたかった…」と唇をかんだ表情が忘れられない。
昨シーズン34試合に出場。「シーズン中、ケアは続けても終盤は体中がテーピングだらけだった」という。今季は「メンタルをもっとしっかりしたら、複数回優勝も夢ではないと思っています」。オフは厳しいトレーニングで、「自分の内側も鍛えました」。
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