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2019.1.17

柳家さん喬師匠をお迎えして③

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

 育てる、伝える、鍛えるがテーマの対談は、時を忘れてしまうように、柳家さん喬師匠がたくさんのエピソードをお話いただきました。特に口調が熱くなったのは、落語界初の人間国宝、五代目柳家小さん師匠の教え。たったひとことで、それこそ人生まで変えてしまうような言霊が宿っていたそうです。

 さん喬「私たちは、高座が勉強の場。生涯、勉強を続けていきます。プロのアスリートの皆さんは、限られた期間でご自身を高めていきますね」

 小林「現役生活は限られていますから。成績を出すために常に高みを目指していきます。また、性格で向き、不向きがあるようにも感じますね」

 さん喬「会長の笑顔が私、大好きです。性格もきっと素晴らしい」

 小林「一人で突っ走るタイプですから、ゴルフが合っているのかもしれませんね」

 さん喬「干支は亥ですか」

 小林「卯年です」

 さん喬「ありゃま…。性格といえば、噺家にもいろいろとありますね。自分の弟子でも見込みがない。やめなさい。ご飯が食えないよ。これでは−といったことがある。こちらが親切心でいっても、当人はそれでもいいです。続けさせてほしい、と。どういうことかといえば、噺家は勝利を求めない。好きでやっている。自分がどのような境遇におかれても、仕方がないと割り切って、不満をもたない人が多いと思います」

 小林「本当ですか。でも仕事として成り立たないと難しいですよね?」

 さん喬「ひがんだヤツは伸びない。しかし、客観的に評価をできる人は伸びていく。私の師匠は、同じぐらいの技量なら、そいつよりヘタ。あいつはなんでうまいのだろうと思ったら、相当に離されている。離されているという意識をもつことで、そこへ到達できるんだ。そんな話をしてくれました」

 小林「すごいですね。なかなか自分のことは客観視できないですから。師匠の著書を拝読して、小さん師匠へのお気持ちが伝わってきました」

 さん喬「五代目に教わったことを、次の世代へ受け継がせたい。たとえば小さんから、100のものをいただいたとします。しかし、私から弟子たちへ行くときは70ぐらいでしょうか。100を伝えていこうと努力はしても、自分には器がない。プロゴルファーも、後進や後輩を指導することもあるでしょう。でも、砂が水を吸い込むように、教えが伝わる。そんな人もいるのでしょうか」

 小林「スポンジのようにどんどん吸収していく人と、そうでない人といろいろです。その人の意欲の度合いによるところもあるかもしれません。何が何でも、すべてを教わろうと接してくる人もいれば、人によって望むところも違う。ツアーを戦っている間は、育てるということを、あまりしないと思います。質問を受けた時に答える程度です。落語はお弟子さんを、丸ごと預かる世界ですね。立ち振る舞いから私生活に至るまで、すべて面倒をみる。そこまでやっている方もプロの中でもいますが、私はそこまで深く関わった経験がありません。師匠とは、段違いのレベルです。」

 さん喬「レベルなんて、まったく違わないと思います。私は師匠から、落語以外にも剣道を教えていただきました。その時に、いわれていたことは、常に、互角だよ−です。師匠は剣道七段。たとえば、七段が二段とけいこをする時、おれは七段という意識があって二段と手合わせするのと、おれも二段だ、の意識をもち、相手へ立ち向かうのでは伸び方が違うと話していた。あしらうのではなく、一緒になって道場を駆けずり回る。互いに得るものが違うわけです。物事は、すべてが互角。お客さま、弟子など誰に対しても互角ということを、五代目の師匠(小さん)が剣道を通じて教えてくれました」

 小林「相手の目線に合わせる、ということですね。気持ちに柔軟性がないとできませんね。素晴らしいです。」

 さん喬「私は、ゴムまりみたいな人間かもしれない。もちろん、そうした意識をもつことができたのは、師匠のおかげです」

 小林「自分のいる位置からしかものを観ないと、融通が利かないですし、目線が決まってしまうので、相手も話しづらくなりますよね。でも、相手のいる位置にゴムまりのように対応することで、事がスムーズに運ぶ、ということですね。相手への思いやりがすごいです。ところで、荷物はすべてご自身が、とうかがいました。お弟子さんがいらっしゃるのに…」

 さん喬「小さんもそうでしたけど、私も放っておかれたいタイプだからです。それはともかく、弟子に荷物をもってもらい、電車へ乗ったと仮定しましょう。そして、着物などが入った荷物を網棚に忘れる。となれば、叱らなければなりませんね。そういうことがイヤだから。もっとも、現代はコンプライアンスの関係で、そういう時代ではないかもしれない」

 小林「余計な気遣いをさせたくない気持ちからでしょうか?師匠と弟子という関係では、珍しいですね。」

 さん喬「私が若かったころ、師匠とタクシーに同乗して忘れ物をした経験がございます。大事にはならず、師匠が怒るようなこともなかった。荷物は、弟子がもってくれるものという、ふとした安ど感が間違いのもとになる。ミスをした時、人の責任に転嫁してしまうのは私、イヤです。だから、自分の荷物は自分で。責任をもって。つまり、経験からこういう生き方をする−そうなっていくのではないでしょうか」

 小林「師匠は人に対してたくさん思いやりがある方なのですね。人の動きの細かいところまで気を配っていらっしゃる感じです。そのうえで、どうやってその人を成長させていくのがいいのか、頭を巡らせていらっしゃるのですね。人と人が対峙し、お弟子さんにも、先ほどお話いただいたような、互角の精神を実践していらっしゃる」

 さん喬「ただ、自分ができる範囲は互角でいたい。でも、弟子に対して互角でいると、慣れの問題か、相手はそんな意識はなくても、バカにされてしまうことがあると気がつきましてね。頃合いというものは、実にどうして難しい」                =つづく


柳家さん喬(やなぎや・さんきょう) 1948年東京・墨田区出身。67年、五代目柳家小さんへ入門。前座名「小稲」。72年、二つ目に昇進し「さん喬」。81年、真打昇進。84年、国立演芸場金賞、2013年、芸術選奨 文部科学大臣賞(大衆芸能部門)、14年、国際交流基金賞ほか、受賞は多数。16年には文化庁文化交流使として米国、カナダを回る。17年、紫綬褒章受章。06年から落語協会常任理事。

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