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2017.2.8

清元 登子、涂 阿玉が日本プロゴルフ殿堂入り

2月8日(水)、日本プロゴルフ殿堂が都内で会見を行い、『第5回 日本プロゴルフ殿堂入り顕彰者』に清元 登子涂 阿玉を含む6名を顕彰者に選出したことを発表しました。
これまでLPGAからの選出者は第2回の樋口久子、二瓶綾子、第3回の大迫たつ子、第4回の岡本綾子の4名。日本プロゴルフの歴史の1ページに、新たな名が刻まれました。


『第5回 日本プロゴルフ殿堂入り顕彰者』
【レジェンド部門】
陳 清水、河野 高明、清元 登子

【プレーヤー部門】
島田 幸作、村上 隆、涂 阿玉


【レジェンド部門顕彰者 清元 登子】
1939年生まれ、熊本県出身。LPGA創立前からアマチュアゴルファーとして活躍し、1973年の「トヨトミレディス」ではアマチュア選手として初のLPGA競技優勝を飾ると、1974年にプロ入り。プロゴルファーとして7勝を挙げるなど、数々の好成績を残しました。1983年に競技から一線を退くと、LPGA会長や副会長を歴任。ティーチング資格制度の基盤の立ち上げ、ジュニア指導者の育成に尽力しました。後進の指導でも成果を挙げ、のちの賞金女王となる不動裕理、大山志保、古閑美保など、数々の名プレーヤーを育て上げました。2012年にLPGAを退会し、現在は弊協会顧問を務めております。

顕彰者コメント
「この度は、日本プロゴルフ殿堂から顕彰いただき、ありがとうございました。先輩たちが築いていた歴史の中で、私がお受けしていいか悩みましたが、いただくことはとても光栄と思っています。ありがとうございました」。

【プレーヤー部門顕彰者 涂 阿玉】
1954年生まれ、台湾出身。アマチュアとして出場した1973年の「トヨトミレディス」で清元登子に次ぐ2位に入ると、1974年に台湾でプロ入り。同年からLPGA競技に本格参戦すると、その年の東海クラシックで初優勝。その後は1982年から86年までの5年間で41勝を挙げ5年連続賞金女王に輝くなど、圧倒的な強さで勝ち星を重ねました。最終日は上下ピンクのウェアを好み、「ピンクパンサー」のニックネームでも知られました。賞金女王に輝くこと実に7回。日本国内での勝利数はLPGA入会前も含めると69勝。男女を通じて外国人選手では唯一の永久シード保持者です。

顕彰者コメント
「今回、殿堂入りと云う栄誉を頂けるとのこと、心より嬉しく、また感謝申しあげます。ただ私一人で頂けるのではなく、ご支援いただいた皆様のおかげがあってこそと思っています。賞金女王を取らせて頂くなど嬉しい思いも沢山経験させて頂きましたが、良い時は続かないもので、調子の良かった92年から股関節痛に悩まされ、日常生活にも支障をきたすという辛く苦しい経験もしました。でもきっと治ると信じてトレーニングをし、9年ぶりに優勝も出来ました。故障をしたことにより、けがに苦しむ人に「あきらめないで」と伝えたいと思うようになりました。これからは自分の出来る範囲で、少しでもゴルフ界に恩返しができたらと思っています」。


なお、今回の日本プロゴルフ殿堂入り顕彰式典は、3月24日(金)13:30より、ジャパンゴルフフェア2017(会場:パシフィコ横浜)にて行われる予定です。

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